■ミッシャ・マイスキー Mischa Maisky (ソ連〜ベルギー)■ |



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ジャンル |
音楽(クラッシック) |
こぐまのミーシャ度 |
50% |
ロシア語本名 |
Михаил Леопольдович Майский |
英語本名 |
Mikhail Leopoldovich Maisky |
日本語本名 |
ミハイル・レオポルドヴィチ・マイスキー |
生年月日 |
1948年1月10日 |
出生地 |
ソビエト連邦 ラトビア・ソビエト社会主義共和国首都リガ |
備考 |
名前・生年月日・出生地・亡命した時期など、世界的バレエダンサー「ミハイル・バリシニコフ」と共通点が多い。 |
● | 「こぐまのミーシャ」と同じソ連出身、世界的チェロ奏者のミーシャです。ユダヤ人。本名は「こぐまのミーシャ」や「ミハイル・バリシニコフ」と同じ「Михаил-ミハイル」なので「ミーシャ」と表記することも可能ですが日本版CD発売元「ユニバーサル・クラシックス」は「ミッシャ」と表記していますのでこれにならいます。 |
● | 1956年リガの音楽学校で初めて音楽のレッスンを受け、1962年レニングラード高等音楽院に入学、1966年チャイコフスキー国際コンクールに入賞し、ロストロポービッチに師事、ソ連国内でキャリアを積んでいく。 |
● | しかし姉のイスラエル亡命に伴い1970年彼も亡命の疑いをかけられ約18か月の間ゴーリキーの近くの強制労働収容所で拘束、出所後アメリカに亡命、1973年イスラエルに移住。 |
● | 同年フィレンツェのガスパール・カサド国際チェロ・コンクールに優勝し、ニューヨークのカーネギーホールでウィリアム・スタインバーグ指揮ピッツバーグ交響楽団と共演し、デビューする。この公演後、匿名のファンがマイスキーに1720年製のモンタニアーナのチェロを贈呈し、現在もこの楽器で演奏する。1974年伝説的チェリスト、グレゴール・ピアティゴルスキーに師事し、その後日本を含め世界中で定期演奏会を始める。 |
● | 1985年からDeutsche Grammophon(ドイツ・グラモフォン)と独占契約を結んでいますが、ドイツ・グラモフォンでの最初の録音は1982年マイスキーと同じラトビア出身で世界的なヴァイオリニストのギドン・クレーメルとレナード・バーンスタイン指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団との共演によるブラームスの二重協奏曲です。 |
● | 彼には、娘でピアニストのリリー・マイスキーと、息子でバイオリニストのサーシャ・マイスキーの2人の子供がいます。 |
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